白く美しい石畳の遊歩道、『八丁道・はっちょうみち』は子供の頃は砂利道だった、気がする。
恐るべき記憶力の悪さだが、なぜか道の真ん中がどうなっていたか思い出せず、少なくとも道路脇は砂利道だった。
まだ身長の低かったかつての私は砂利が身近な存在だった。暇潰しにその砂利に跪き、前屈みに田んぼを覗き込み、泳ぐオタマジャクシを眺め、帰って本を読んでカエルに成ることを知った。
祖父ともよく遊んだ。
八丁道とは?(wiki要約)
高岡の開祖、加賀藩2代藩主前田利長の墓所とその菩提寺である瑞龍寺とを東西に結ぶ道。長さが八丁(約870m)であることからこの名がつけられた。との事である。
子供の頃はよく「前田の墓」のお堀にザリガニを獲りに行き、臭い匂いフェチのようにザリガニを釣り上げると喜び、
瑞龍寺には一回行ったことがあるのか、でかい風神雷神みたいなのが居たような記憶がある。違うかも。
「前田の墓」にはよく行ったが、どちらかと言えば「花の慶次」とか「一夢庵風流記」の前田慶次が好きだった。
資料も少なく、多分に脚色されたキャラクターではあるが、自分で穀蔵院飄戸斎(こくぞういん ひょうっとさい、ひょっとこさい?)とか名乗ってたという史実だけでもう人間味があって好きである。
まぁ「花の慶次」を読んだ初頭効果/primacy effect が大きいのかもしれない。
人間味と言えば以前映画リストを上げた時、結構古い映画が入っていたのはたまたまだが例えば
・Buster Keaton “Sherlock Jr.”
・山中貞雄 “丹下左膳餘話 百萬兩の壺”
・小津安二郎 “生まれてはみたけれど”
これらは全て時空を超えて人間を感じさせてくれたから好きなのである。
人間、というかふざけた、というかユーモアというか、やさしいから。
で、八丁道は
1987年(昭和62年)から1990年(平成2年)にかけて歴史的景観を再現することとして全面的な整備事業が行われた。
と書いてある。ふむ。
とりあえずこの石畳の遊歩道はとてもいい。
数ヶ月前の事、その八丁道で、かつて自分の遊んでいた場所で、親戚の叔父さんが今ではおじいちゃんとして孫と戯れていた。
その瞬間、セピアの祖父と自分が遊ぶ姿がその光景に重なって現れた。
そしてセピアの祖父と幼い私がこっちを見てとても幸せそうに微笑んだ。
しかしそれは私の微かな記憶と、残った少しの写真から私のブレーンが拵えた幻影である。
そんな外側から自分を見る能力なんかなかったし。
その幻影は幻影のまま、新たな思い出として我が脳裏に焼き付けられた。
セピアの月に抱かれて〜
だんだん季節は流れて。
だがそれが余談。
Gracias.